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【報告】〜岩村城跡と歴史的まちなみウォーキング〜
     ◇ 復活!一の門・土岐門
2010/11/17
【写真上】スタンプラリーの様子  【写真下】復活!一の門、合言葉を言わないと通れない!
 11月3日、文化の日 少し寒い・・・。公民館をスタートし、古いまちなみでのチェックポイントで見学し、クイズに答え、無料開放された各施設を中までまわり、知新門では、一斎塾のみなさんによる「論語」の素読会を体験し、浅見与一右衛門、三好学、下田歌子など郷土の偉人についても勉強しました。登城坂では、一の門、土岐門等の再現に驚き、「みんなで守ろう岩村城!」と叫ばないと、門番に通してもらえないなど遊び心もありました。本丸では、石垣の形をした餅を食べ、女城主の紹介劇をみるなど、まさに、見て、学んで楽しめる一日でした。
/岩村城跡と歴史的まちなみウォーキング実行委員会
【報告】ホットな田んぼでとれたお米で!
    〜秋の収穫祭〜
2010/11/17
【写真】五平餅作りを教わる子どもたち
10月31日(日)、ふるさと富田会館で収穫祭が行われ、総勢43名が参加しました。
ホット共育委員会は、5月に田植え、7月に勉強会と草取り、9月に稲刈りと3回にわたり米作り体験を行ってきました。
 今回の収穫祭では、人づくり部会の皆さんに教わりながら、ホットな田んぼで採れたお米を使って五平餅作り、芋きんとん・芋の茎のキンピラ・地元の野菜を使った豚汁などを作りました。
 五平餅作りでは、子どもたちが自分で握った五平餅を焼いてもらい大喜び!「おいしいね!」とうれしそうに食べていました。
 3世代交流も含め、秋の味覚満載の楽しい一日となりました。
/ホット共育委員会
【報告】〜親子で米作り〜稲刈り体験が行われました!
2010/09/15
【写真】上:稲刈りの様子 下:ハザ掛けの様子
平成22年9月12日(日)場所:富田地区
 残暑厳しい中、親子連れ総勢17名で稲刈り体験を実施いたしました。
「農村景観日本一を守る会」のメンバーの方々の指導を受けながら、子どもたちは鎌を上手に使って次々と稲を手際よく刈り取っていきました。ハザ掛けも行い、秋の収穫祭を待つばかり、子どもたちにとって昔の人たちの大変さを知る一日となりました。
ハザ掛けをした後、脱穀をし、にごを作る予定です。
/ホット共育委員会
【報告】9/12〔日〕〜藩老丹羽瀬の藩政改革の史実を学ぶ〜
2010/09/15
【写真】上:講師 小板清治先生  下:勉強会の会場の様子(岩村公民館)
 歴史掘りおこし委員会(西尾精二会長)は、恵那地域の歴史・民俗・遺跡などの研究者である小板清治先生を招き、岩村藩の丹羽瀬清左衛門が行った藩財政の立て直しを主眼とした改革の史実について村方文書を中心とする勉強会を開催いたしました。会場には静岡、辰野、春日井、多治見、瑞浪、中津川などを含む60名が先生からの貴重な資料が渡され、岩村藩の治世・三藩主の地方〔じかた〕支配の説明があり、丹羽家の免定は藩主の黒印に対して、分家松平家は家老の連名印であることをはじめ地方支配のうち貢租関係を主に学びました。
 本題の丹羽瀬清左衛門の藩政改革は文政9年〔1825〕、儒学者でもある家老丹羽瀬は江戸藩邸から岩村へ下り、翌月には藩費2千両の調達に成功して、先ず村役人の率先励行を促す「村方役人心得」、領民には質素倹約の「岩村藩村方法度30条」を、更に「慶安御触書」「六諭衍義大意」など、村民の倹約の再確認と役人や指導者の綱紀粛正をはかり、全国的にも突出した藩内の産業振興を目玉にした改革は緒に就いていた。しかし、天保に入って飢饉の年が続いた上に、天保5年〔1834〕には、岩村藩江戸屋敷が類焼する不運が発生した、しかし丹羽瀬はひるむことなく彼なりに筋を通した改革を断行しようとしたので、村役人は強く反発、丹羽瀬の排斥運動へと発展する、遂に岩村藩52ケ村の総役人連判による21ケ条の申立書をもって丹羽瀬の蟄居退任を迫った。
 このままでは岩村藩が取り潰しとなる騒動にもなり兼ねないとして、藩主は丹羽瀬一人の詰め腹とする蟄居退任を決断、村役人の連判よる21ケ条申立書を承諾した。天保8年〔1837〕
改革の三年目に起きた代官橋本祐三郎の斬首事件は…
 代官は上郷[阿木、東野、富田]などの担当で、特に阿木は大事な穀倉であり、藩では阿木の槙平の開拓に力を入れていた。大船山払木事件で拘留された農民たちを仮釈放の件について橋本代官はそのことを丹羽瀬藩老の御理解大意の廻状を出しているが、その後僅か10か月目に死罪となっている。
 その年の文政11年〔1828〕12月に阿木村「若王寺の森」において村民が27会講を一回休む集会が「徒党」の疑いとなり、年貢米の上納不備についても、阿木村民を拘束して取り調べられた。
橋本代官に不審の筋ありで2月5日に召し捕らえられ上牢から下牢に移され、4月3日遂に斬首となった。一連の阿木事件は5月3日に終了、橋本代官の墓碑にも5月3日と刻まれている。

 今回の勉強会で学んだことは、丹羽瀬の行った改革は決して暴挙ではなく飢饉という自然が改革に味方しなかったことでもあるが、彼の優れた断行力と情実も妥協も許さぬ清廉さは次第に藩内で孤立し、村役人への「取帳」の提出に及び一挙に排斥運動が勃発、丹羽瀬は岩村藩の取り潰しを避け「お殿様の為、お家〔藩〕の為」の大義から引退を決意した。又、村役人には橋本代官の死がわが身に及ぶ危惧があって丹羽瀬の排斥運動が強化した、その結果は岩村藩が存続したので橋本代官の死は決して無駄ではなかったといえよう、終わりに、講師小板先生からの沢山の資料によって内容の濃い勉強会が出来たことを感謝申し上げる次第です。
/歴史掘りおこし委員会
【お知らせ】〜岩村藩の地方仕方と丹羽瀬清左衛門の改革〜
        村方文書を中心にしての勉強会
2010/09/06
村方文書による丹羽瀬藩老の改革が残した史実を学びます。
日時:9月12日(日)午後1時30分〜4時
場所:岩村公民館2F大会議室
講師:郷土史家 小板清治先生(恵那市・中津川市の市史編纂を担当)
 ※参加無料(受講資料を多数用意しています)
主催/城下町ホットいわむら・歴史堀りおこし委員会
問い合わせ先:まち並みふれあいの舘 0573-43-4622
 
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